米国フロリダ州法会での説法

李 洪 志

二〇〇一年十二月二十九日


 皆さん、こんにちは。

 久しくお会いしていませんでした。今回の法会で皆さんが体験を語り、現在の大法全体の進展も比較的順調で、しかも着実に法を正す中で一切を行っているため、皆さんに特別何かを話したいこともなく、まして私たちが目下行っていることとかけ離れている法について説きたくはありません。皆さんに話さなければならないことがある時は、つまりどのように行うべきかを皆さんに教える時です。今回は、皆さんとしばらく会っていないので、皆さんに会って、ついでに現在私たちが行っていることと全体の情況を強調して話したいと思います。私たちの現在の法を正す進展全体を妨害する恐れがあるため、他の方面について多くを語ろうとは思いません。

 目下の情況からみると、学習者が皆法に則って法を認識することができ、しかもこの二年余りを経て、皆さんは鍛えられ、ますます理性的になり、ますます冷静になり、ますます法を認識することができるようになりました。大法弟子として、全ての人が自分自身に、大法と衆生に責任を持たなければならないという意識はますます明確となりました。これによって、大法弟子全体は真相を伝える仕事をよりよく行うようになりました。実践して私たちも見たように1999年の7月20日以後、その時、全ての学習者も感じたかと思いますが、邪悪の付け入らない隙はなく、存在しないところもないようです。全てがまさにそれらの預言者が語ったとおり、天地を覆い隠す邪悪がやってきて、あたかも天が崩壊したかのように、あらゆるところに邪悪がいます。いくら良い人またはその他の生命であっても、その邪悪の影響を受けたかもしれません。その時、大法の学習者の一人一人でさえ、切実に自分のことを考えたのです。私はこの大法を修めるべきなのか? 大法は一体正しいのだろうか? 李洪志は一体どのような人なのだろうか? 多くの学習者は考えてから、確固として歩んできました。非常に素晴らしいのです。そのような厳しい環境の下で、それほど強い圧力の前でも表に出て、世の人々に私たちの情況を説明し、私たちが迫害されており、全ての弾圧手段が皆、でっち上げと誹謗中傷であり、全てが迫害であり、しかも最も邪悪な迫害であると、人々に伝えています。世の中の人々は迫害の真相が分かると、皆大いに驚きました。

 当初、邪悪が天地を覆い隠すかのようにやってきたため、私たちの真相を伝える仕事は難しくなり、人は誰も全くそれを聞こうとしません。実はあの邪悪が人間を抑制したのです。人々は邪悪の一方的な虚言だけを聞いて信じてしまい、そのような虚言を信じる考え、疑問をもって、更に邪悪が人間のこのような正しくない考えを利用したため、人々はますます私たちを正しく認識することができなくなり、今度の迫害の真相も見えなくなりました。しかし、法を正す進展の速度が進んでいくにつれ、更に広い空間に衝撃を与え、つまり更にミクロ的なところに向かって衝撃を与えており、宇宙に存在している更にミクロ的で厖大な生命は、彼らの変異が宇宙で法を正すことの最も根本的な原因です。もちろん、彼らの多くはことさらに阻害しようとするとは限りませんが、彼らの存在そのものは必ず解決しなければならない問題です。彼らの存在そのものは旧い要素であり、正に帰さなければならない厖大な天体であり、救い済度しなければならない生命です。法を正すことを通じて、彼らを解決しますが、法を正す中で消滅させるか、または新たにその位置を配置し直すか、または元の場所で同化させるかにします。それで、この全てに一つの過程が必要となり、この過程は即ち時間です。時間の話になりましたが、ご存知のように、7月20日から既に二年が経ちました。当初皆さんは一日が一年のように、ひいては一時間が一年のように感じ、圧力は非常に強かったのです。しかし、皆さんは皆これほど強い圧力に耐え、確固として各方面において働きかけ、邪悪の迫害を暴露しています。同時に法を正す中で、根絶させられた邪悪がますます多くなったために、世の人々の考えもそれほどひどく抑制されなくなりました。こういった状況になったため、現在再び世の人々に迫害の真相を伝える時、彼らは以前ほど無頓着ではなくなり、好んで受け入れ、今まで大法弟子が迫害されたということを聞いたこともなかったかのように、世の人々はますます真相を知りたがっています。法を正すことも絶えず前に向かって推進され、更に弟子の皆さんが絶えず正念を発しているため、邪悪はますます少なくなりました。実は邪悪は、法を正すことが到来する前、新しい一切がまだ生じていないときに、この中間過程において悪事を働いています。一切の邪悪はここで発生し、演じており、この間に邪悪はその中で暴れています。邪悪は法を乱すことができず、新しい宇宙を乱すことは不可能です。邪悪は取りも直さず、法が正されるまでの間、旧い生命が腐敗堕落してからの一切を表しており、とても邪悪に見えます。世間にある大法弟子はこの環境の中にいると非常に強い圧力を感じ、本当に圧力が非常に強いと感じます。しかし、ご存知のように、異なる空間の時間は異なるので、非常に大きな時間場に立って見ると、この二年も一瞬に過ぎず、非常に短いのです。私たちはこの環境の中に身を置いて迫害を感じ取っており、皆一日が一年のように感じています。しかし今は、皆さんが歩んできて、振り返ってみたら、この二年は宇宙の中では一瞬にしか過ぎません。しかし、この二年間にどれぐらい多くの正真正銘の偉大な覚者を作り出したのでしょうか。この二年間を通じて、どれぐらい多くの学習者が鍛えられ成長したのでしょうか。この二年間を通じて、皆さんがどれぐらい多くの放棄できなかった常人の心や、認識できなかった執着を冷静に認識し、放下できたのでしょうか。正常な環境下では、これはなかなかやり遂げられないことです。もちろん、彼らが按排した全てを私は否定しており、認めないのです。しかし、確かに今回の邪悪の中で大法弟子は鍛えられ、ますます素晴らしくなってきました。私たちが自ら振り返って見ると、この二年はただの一瞬ではありませんか? 二年余りが過ぎましたが、この間は私たちの大法と大法弟子にとって不滅の最も偉大な全てと最も偉大な威徳を築き上げました。

 もちろん、この全てをうまくやり遂げたことは、私たち全ての人、全ての大法弟子自身の修煉および向上と切り離せないものです。ですから、いくら迫害されても、困難な情況下でも、皆さんは修煉を堅持し、弛むことなく法を学び、はっきりと自分を冷静にさせることができました。修煉者の考えが法から離れれば、邪悪は付け入ってきます。人間の目で見ると、人間とこの世の全ては立体的なのですが、実は人類空間の全ての物質は、花草樹木、人間や空気も含めて、皆その大きさの粒子(分子)で構成されています。この層の粒子の中において、人間の身体も含めて全てが貫通しています。人間自身は正念がなければ、宇宙において、三界において、全ての良くないものが人間の身体を絶えず流れ、さらにはそこに止まっていても、人間はそれを意識することができません。人間はこのように操られ、つまりこれらの粒子が繋がることができる情況下で人間を操っています。この二年間の迫害の中、皆さんも修煉を堅持し、ますます自分を冷静にさせ、今回の迫害の邪悪さをよりはっきりと認識することができました。つまり法を学ぶことは、大法弟子にとって、修煉者にとって確かに非常に重要なことです。いくら厳しい環境であっても、いくら忙しくても、法を学ぶことを忘れてはならず、必ず法を学ばなければならず、それこそ皆さんが向上するための最も根本的な、最も根本的な保証だからです。私は学習者一人一人と会うことができず、特に中国大陸のこのような情況下では、学習者は私に会えない情況下において、何かがあっても師父を尋ねることができないため、法を師にするしかありません。皆さんが修煉できるよう、向上できるように、私は人間を向上させることのできる全ての要素を法の中に貫通させました。学びさえすれば、どんな問題も解決でき、修煉さえすれば、法に則って法を認識することさえできれば、できないことなどありえません。

 もちろん、法を学ぶことに触れましたが、皆さんは実際にしっかりそれをやっています。しかし、皆さんは今真相を伝える仕事が非常に忙しいので、文章を書く人もいれば、マスコミに働きかける人、町でチラシを配っている人、他に真相を伝えることと関係のある諸々の仕事をする人もいます。虚言に害されている世の人々を救い済度していますが、そのため、時に法を学ぶ時に気持ちが落ち着かなくなることがあれば、これは非常に非常に深刻な問題です。

 ご存知のように、どのような心理状態で法を読めば、法理を読み取ることができるのでしょうか? これは、私が言わなくても皆さんが分かっていることです。目は法を見ていても、考えが法の上に無ければ、皆さん考えてみてください、それは読んでも無駄ではありませんか? 誰のために読むのでしょうか? 自分は学んでいないでしょう? 本当に自分自身が功を得るようにと私は皆さんに教えたのではありませんか? もし法を学ぶときに考えが法になければ、誰のために法を学ぶのでしょうか? 皆さんを咎めているのではなく、このことが非常に重要だと皆さんに教えています。ですから、いくら忙しくても、法を学ぶときには、如何なる考えも放下し、他に何も考えずにただ法を学ぶべきです。あなたが法を学んでいる中で、考えている問題が全部解決されたかもしれません。なぜなら、全ての字の背後に皆佛道神がいて、あなたが何を解決しようとしているのか、今何を急いでやろうとしているのか、彼らには分からないことがあり得るでしょうか? それなら、彼らはあなたに教えないのでしょうか? ただし、必ず求める心を抱かずに法を学ばなければなりません。皆さんはとっくにこのことが分かっています。問題を解決しようとする執着の心を抱いて法を学んではならず、落ち着いて読めば、修めた効果はきっと非常に素晴らしいものです。ですから、法を学ぶ際、形式に拘らず、必ず心を放下して読み、本当に学び、心がここにあらずとなってはいけません。注意力が分散してしまえば、無駄になります。他の面から言えば、もし法を学ぶときに思いが法になければ、一つの形式の問題であるだけではなく、実は法を学ぶ者が法に対しても尊敬していないことになり、それで法が表れてくることがあるのでしょうか? この点から言えば、私が思うには、必ず心を放下して法を学び、注意すべきは忙しい情況でも法を学ぶときには考えを落ち着かせることです。

 もう一つのことについて話します。つまり、ご存知のように、私たちは皆定刻に邪悪を根絶しています。つまり正念を発することです。正念を発するという言葉は、昔はこのような言い方ではなく、昔は神通と言われ、神通を用いるとか、佛法神通と言い、常人はそれを功能と言っていました。なぜ私はそのことを正念を発することだと言ったのでしょうか? 皆さんは大法を修煉しているので、全ては最も偉大で、最も純粋で清らかでなければなりません。私たちが行った全てはあなた個人の修煉だけではなく、法のことや、将来の新しい生命、同時に未来の生命形式についても考えなければなりません。皆さんが彼らのために基礎を築いているので、私たちの道は必ず正しく歩まなければなりません。今日皆さんが何かを行ったら、将来の人は大法弟子が当時このように行なっていたと言うでしょう。ですから多くのことは非常に重要なのです。ですから、私たちが正念を発するときには純粋で清らかでなければなりません。今、人類社会のミクロ的なところにしても、各空間にしても、法を正すことは全宇宙において漏れるところなく行なわれており、人類社会の表面以下でも行なわれています。

 目下人類社会に多くの良くない現象、良くない人間、良くない行為があり、完全に人間から背離し、甚だしい場合、一部の人は変態心理だけでなく、魔性まで強いのです。このような情況下では、どのようにすればよいのでしょうか? 皆さんに教えますが、関わらないでください。なぜでしょうか? 大法弟子の偉大なることは宇宙で法を正すことと結び付いており、皆さんの最大の使命は法を守ることです。大法を破壊しないのなら、関わらないでください。大法を破壊するのであれば、その人に真相を伝え、邪悪を抑制し、根絶し、世の人を救い済度します。言い換えれば、現在人類社会に存在している多くの良くない現象に対して、私たちは今それに関わりません。なぜならば、それは法がこの世を正す時に行なうことだからです。しかし、大法弟子は法がこの世を正す時に行なうこととは無関係です。なぜならば皆さんは圓満成就するからです。大法弟子の偉大なることは法を正すことと結び付いており、人類の今までの個人修煉の形式とは同じことではなく、彼らとは決して同じではありません。つまり、私たちが正念を発して根絶するのは、大法に迫害と妨害を加えるものであり、大法弟子を迫害する邪悪であり、法を迫害する全ての要素を根絶しています。大法弟子が絶えず正念を発することによって、確かに巨大な役割を果たしました。法がこの世を正すという洪大で、天地を覆い尽くすような法を正す大きな流れがこの世にやってくるまでの間、つまり法がまだここまで正していない間、大法弟子が正念を発するときに確かに多くの悪いものを根絶しました。これらの悪いものはみな、法を破壊し、大法弟子を迫害するもので、根絶された量は非常に大きいのです。最初の頃学習者が正念を発するときは今と違って、その時、掌を立てるだけで、邪悪は列を作って戦争をするかのように陣を立ててやってきて、天地を覆い隠すかのようでした。学習者が絶えず正念を発し、これらの大法を破壊する邪悪生命を根絶し、これらの人間を操る邪悪生命を根絶し、根絶されたものの割合は非常に大きく、残ったものはほんの僅かしかありません。これは慈悲ではないということではありません。宇宙の法と大法弟子はどうしてこれらの邪悪に迫害され得るのでしょうか? これはなぜ私が「忍の限界」という法を説いたかの理由です。今皆さんが正念を発する時、掌を立てると、邪悪の生命はすぐ逃げてしまい、発せられた功は方々で邪悪を探さなければならず、天上と地下のあらゆるところで探しています。あればすぐ根絶してしまいます。邪悪は既に安易に現れて来ることはなく、既に広範の邪悪生命を組織して大法弟子を攻撃する能力はなく、大法弟子は既に主導権を握り、正念を発する時に、全てが根絶されるまで至る所でそれらを根絶しています。

 皆さんに教えますが、現在も残っていて大法と大法弟子を迫害することのできるものは学習者自身の原因です。正念を発することを重視していない学習者、あなたたち自身が受け持つべき、責任を持つべき空間にある邪悪がまだ根絶されていないという原因です。ですから、皆さんは正念を発することをくれぐれも重視してください。自分に能力があると思っているかどうかに関わらず、正念を発するべきです。自分の考えの中のものを根絶するとき、それはあなた自身の身体の範囲内に作用しますが、同時にあなたは外在のものも根絶しており、それがあなたのいる空間と直接関係しているため、あなたが彼らを根絶しなければ、彼らはあなたを迫害し抑制するだけではなく、他の学習者、他の大法弟子をも迫害するのです。ご存知のように、中国大陸の大法弟子が受けた迫害は相当深刻なものであるため、全ての学習者は必ず自分の責任をはっきりと認識し、正念を発する時に本当に心を静かにして、本当に正念の作用を働かせなければなりません。ですから、これは極めて肝心なことであり、極めて重要なことです。もし全ての学習者が皆このようにできれば、皆さんに教えますが、同時に正念を発するその五分間で、邪悪は永遠に三界内に存在しなくなります。これほど重要なのです。しかし、正念を発しはじめた時から現在まで時間は既にかなり経過し、根絶した邪悪も確かに相当多かったのです。他の面から言えば、皆修煉している中、向上している中、認識している中で、法を正すことを良く行なっているかどうかは、自分の修煉と直接的な関係があり、自分が向上して到達する次元とも直接関係しています。ですから、師父はあまり皆さんに多くを要求することができず、私はただ皆さんにこのことの重要性を教えているだけです。人間がどこまで修煉したいのか、どの境地に到達したいのか、それは個人のことであり、師父は皆さんに正念を発することの重要性しか教えられません。

 もう一つのことですが、私たちが九九年七月二十日から迫害され今日に至るまで、全世界の人に法輪功がどういうものかをはっきりと認識させることができました。皆私たちが良いと分かっており、各国の政府にしても、国民にしても、中国政府と非常に関係の良いそれらの国をも含めて、皆私たちがどういうものなのか、大法を迫害している邪悪がどういうものなのかがはっきりと分かりました。つまり、ここまでできたのは、全ての大法弟子が力を合わせた努力と切り離すことができません。言い換えれば、真相を伝えている中、皆さんは着実に大法に対して責任を持ち、圧力を前にして正念を固めることができました。大法弟子は皆仕事と家庭を持っているため、諸々の方面において時間が厳しい情況下で、常に大法を重要な位置に置いて対処していますが、これは非常に素晴らしいことです。大法弟子が力を合わせて努力したため、現在の情況は変わっており、邪悪は孤立してしまい、中国国内においても徐々にこのような趨勢が形成され、人々は目覚めはじめました。ご存知のように、九九年七月二十日中国国内において当初の迫害は非常に深刻なもので、誰も敢えて公正な話をしようとしませんでした。しかし、今法輪功学習者は敢えて迫害に関わる直接の責任者、直接に各級の人を訪ねています。私を迫害するのであれば、あなたを訪ねて真相を伝えています。さらに大法弟子は広範な地区にわたり、多くの地区で確かに非常に素晴らしく法を正しました。つまり、全体の形勢は変わっており、皆今回の邪悪な迫害の真相を知りつつあります。換言すれば、真相を伝えることは非常に重要なことであり、全ての学習者はこのことを重要視すべきです。皆さんに教えますが、個人の修煉のほか、目下の最も重要なことは真相を伝えることです。なぜならば、これは直接衆生を普く済度し、直接未来の人を救っていることであり、同時に大法と大法弟子の偉大さも表しています。このような厳しい環境下においても、皆さんは依然として衆生を救い済度しているのです。

 現在の人間も済度し難いものです。時に私は皆さんに冗談を言うときにも言っていますが、ある人に大法が良いと長く話しても、「そう、大法は良い。私は知っています。しかし共産党が私にお金をくれるから、私も共産党に反対しません」とその人は言います。彼の言わんとすることは、あなたも良いのですが、私も共産党には反対しないということです。これは邪悪が大法を迫害するときの宣伝によるものであり、世の人々を欺く常套手段です。私たちも共産党に反対すると言っていません。邪悪のこの世における堕落者の首魁はでっち上げを作り、「共産党が法輪功との戦争に勝つ」と言い、人々を惑わしています。私たちは全く政治に参与しません。つまり私たちは真相を伝えるときに現代人の好みに合わせて人を済度しなければなりません。なぜならば、今日の人間は神を信じる限界も非常に低く、悪いことだと分かっていてもやってしまいます。もちろん、いずれにせよ、済度できるだけ済度しますので、できるだけ真相を伝えていきます。なぜならば、未来において人類という次元に法が存在しなければならず、この次元の生命もなければならないから、ここで切り上げるわけにはいけません。しかも大法がこの世で広く伝わったということは、未来の人々に福分があるということです。中国で害された人々が大法に犯した罪は、今回の邪悪勢力の迫害によって引き起こされたのであって、彼らは人間、特に中国人の罪を非常に重くしました。宇宙の生命を造成した法に直接反対したのですから、このような人が直面しているのは淘汰されることであり、最も危険なことです。ですから、今このような人の頭の中にある大法に対する良くない考えを取り除けばよいのです。共産党に反対しなくても良いし、誰それに反対しなくても良いのですが、言っておきますが、大法には反対しないでください。なぜでしょうか? 私はあなたに真相を教えます。ですから、一部の人は大法に反対しなくても、良い人というわけではありませんが、今回の大法に対する迫害を最終的に根絶するときに少なくともすぐには淘汰されないかもしれません。淘汰されなければ、まだ見込みがあるかもしれませんが、将来がどうなるかは本人次第であり、法がこの世を正す際に彼がどう行動するのかを見るのです。大法弟子が全力をあげて真相を伝えることによって、多くの人は本当にこの全てを認識し、正念は充足されています。私が思うには、これらの人はただ一般的に大法を認識しているということではなく、逆に彼らは大法のために公平なことを言うかもしれません。それによって彼は実は既に自分のために素晴らしい未来の生命の基礎を築き上げたのです。

 昔、衆生を普く済度することが説かれていましたが、ご存知のように、釈迦牟尼佛の時代にせよ、イエスの時代にせよ、ひいては老子または人を済度するほかの神々は、彼らが説いた衆生を普く済度することは皆さんが行なっていることとはかなり異なっています。その時に世の中の最高の生命は人間であり、ごく普通の人間でした。本当の人間は三界内での産物であり、三界内の物質で造られたのです。このような生命は神との差異がかなり開いており、更に高い次元の生命のことを理解し難いのです。これは、このような人間は神に対してすら恐れており、なかなか済度し難いのです。ですから、なぜ釈迦牟尼が羅漢法を説き、人間を羅漢の果位までしか済度しなかったかの理由です。人間は確かに高い次元まで修煉できないのです。それに対して、今日の場合、大法弟子が前にしている衆生はどのようなものなのでしょうか? なぜ私は大法弟子が偉大だと話したのでしょうか。皆さんがこの偉大な時代と巡り会ったので、皆さんに賦与したものも偉大なのです。なぜならば、人類の90%の生命は既に非常に高い次元から来たものであり、つまり、人間の皮の中にあるのは昔の人間ではなく、人間のこの皮は既に非常に高い次元から来た生命に取られ、占拠されたからです。人間だけではなく、法を正すことも前回の地球の時に既に按排され、一度実験されました。つまり、このことはこれほど久しい年月を経て、全て系統的に按排されています。皆さん考えてみてください。人類社会や私たちが目にすることのできるこの全ては偶然に存在している可能性があるのでしょうか? ひいては全ての大法弟子の一挙一動、一言一行、あなたが考えている事までただで済むことではありません。将来これらを見れば、全ては相当綿密に按排されていると分かります。私が按排したのではなく、それらの旧勢力が按排したのです。実は彼らもこの全てを壊滅させる勇気はなく、壊滅したくもありません。なぜならば、これらの全てを壊滅してしまうと、彼らもお終いとなり、法を正すことが本当に壊されたら、全ても完全に終わりになります。彼らはただ彼らの考え通りにやろうとしているだけですが、それはだめです、要求に達することができません。淘汰される生命になぜ未来を左右することができるのでしょうか? なぜ未来をどうこうすることができるのでしょうか? 彼らはただ法を正すことがまだ到来していない間に乱しているだけであり、それだけです。彼らは自分を神だと思っており、直接人間を迫害していませんが、低い次元の霊を操って人間を迫害しています。このような関係です。

 先ほど大法弟子が偉大であると言ったのは、もし人間が非常に高い次元から来たのであれば、皆さん考えてみてください。あなたは一般的に人を済度するということを行なっているのでしょうか? 違います。多くの宇宙の王や主、ひいては相当厖大な更に高い次元の生命もやって来て、人間に転生しました。しかし人間というところに転生したら、何も分からなくなり、人間と同じようになってしまいました。もちろん、現在の生命の最大の特徴は今までの人間より丈夫だということです。今までの人間は傷ついたら、すぐ死んでしまいますが、今日の人間は非常に丈夫で、つまり今日の人間の生命は違っているということです。それにもかかわらず、この迷いの中に入ってしまうと、何も分からなくなり、天地を覆い隠すかのような邪悪な宣伝の中で、同様に迫害を受け、さらには主力となり、大法と大法弟子を迫害しています。しかしその人が誰であれ、いかなる者であれ、なにかの罪を起したらその罪にあたり、大法を迫害したらどこから来た生命であってももうお終いなのです。しかし逆から言えば、大法弟子の慈悲でできるだけこれらの生命が救われるようになれば、あなたはただ普通の人を済度しているのでしょうか? もしあなたが済度したのが一人の主、一人の王であれば、それはどのような威徳なのでしょうか? もし本当に多くの人を救い済度したら、それはどのような威徳なのでしょうか? もし大法弟子ではない普通の常人が、法輪功を迫害しないでくださいと法輪功の良さをもう一人の常人に教え、その人が本当に法輪功を迫害しなくなり、今までの影響を挽回したら未来に入ることができるかもしれず、法がこの世を正す時に法を得るかもしれません。彼の生命は高い次元から来たものなので、修煉も速く進み、彼の圓満成就は当初真相を教えてあげたその人と直接関わっています。あの普通の常人も、私が思うには圓満成就すると思います。このような道理ではありませんか? 私たち大法弟子が真相を伝える中でこのように広範囲にわたって人を救っていることは尚更そうです。ですから、このことはとても偉大なことであり、常人は誰でもその皮の背後が誰であるか分かりません。ですから、必ずこれらのことを重視し、きちんと行なわなければなりません。真相を伝えることは私たちが目下やらなければならないことです。広範囲に行なってください。皆さんが利用できる全ての智慧で行なってください。世の人を救い済度することのできることなら行なってください。邪悪を暴露するにせよ、多種多様な方法をもって直接的に、間接的にまたは側面から、人々に今回の迫害を認識させることさえできれば、その人を済度することになり、素晴らしいことです。

 私は以上の三つのことを話しました。一つは法を学ぶことであり、もう一つは正念を発することですが、最後に真相を伝えることが重要なことだということです。実はこの偉大な全ては皆さんが既に歩んできたものであり、皆さんは既にこのような威徳を築きました。ただし、更によく行い、しかも邪悪を徹底的に根絶するまで行ない続けなければなりません。全世界の人、全中国の人が皆今回の邪悪を認識できるようになった時、邪悪はまだ作用することができるでしょうか? その時、邪悪は既に潰れたのです。私たちは政権に興味はなく、共産党を打倒しようとも思っていませんが、邪悪のこの世での堕落者の首魁は共産党を利用して今回の迫害の中で共産党自身を打倒したのです。振り返ってみればこのようなことではありませんか? 私たちが共産党を打倒しているのではなく、共産党は自らを打倒したのです。彼は共産党や国、政府を利用して法輪功を迫害しています。神はこのことを許しません。共産党が法輪功との戦いに勝とうとしていますが、神はそれを認めますか? 共産党はどうして宇宙の法に勝つことができるのでしょうか? 闘えば必ず潰れてしまいます。この道理ではありませんか? ただ現在旧勢力は大法弟子がまだ完全に成熟するまで鍛えられていないため、まだ鍛え続けなければならず、まだ邪悪を維持していかなければならないと思っています。もちろん、旧勢力はそのようにしたいのですが、私はこれらを全く認めていません。彼がこのようにして、ちょうど私が法を正すまでの間だけ現れることができます。でなければ、法がこの世を正す時は静かであり、今回の邪悪がなければ、皆法を学んでおり、人類の道徳が元に向かって回復しており、法を正す勢いがやってきても静かなのです。

 私の話はこれぐらいにしましょう。皆さんはきっと多くの質問があるでしょうが、私が思うには、法を学ぶにつれ、全て解決できると思います。多くの具体的な問題に関して、法さえ学んでいれば、全て必ず解決されます。同時にこのことに気をつけてほしいのですが、皆さんは大法弟子であり、問題にぶつかったら皆自分を探せば、きっと多くの場合あなた自身に問題があります。自分のことを考えるかどうか、見つかったかどうかに関わらず、将来真相を見た時、全てに原因があるときっと気付きます。大法弟子の間に法を弘めることや、法を正すなどのことのために議論したりしますが、全て正常なことだと思います。しかし、止むことなく議論して、譲歩せず長いこと対峙していれば、それは問題があります。なぜでしょうか? きっとあなたは自分自身を反省していません。議論するのは正常なことですが、止むことなく議論し、譲歩せず対峙し、大法の仕事に影響してしまえば、それは正常ではありません。信じなければ、皆さん考えてみてください。見てみてください。私たちの全ての責任者は特に法を学ぶことを重要視しなければなりません。責任者が背負っている仕事はいくら大きくても、いくら重要であっても、自分を修めることを忘れてはいけません。行なった仕事がいくら多くても、大法弟子が大法の仕事を行なうべきであり、常人が大法の仕事をしているのではありません。ですから必ず法を学ばなければなりません。責任者も実は普通の弟子です。全ての人は何を行なっているにしても、自分を弟子の中に置き、必ず自分を弟子の中に置かなければなりません。この大法には師父の私一人しかなく、大法そのものに責任者はありません。皆さんはただ法を正す中で、迫害に反対する中でのそのような形式の責任者に過ぎません。大法には責任者がなく、全ての人は皆修煉の弟子です。くれぐれもこれらのことに気をつけてください。

 これぐらいにしましょう。皆さんの時間を使ってしまいました。





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