二〇〇二年ボストン法会での説法

李 洪 志

二〇〇二年四月二十七日


 在席の多くは他の地区から来た方で、オーストラリアから来た人も少なくありません。今回は皆さんに会いたいだけで、多く話したくはありません。大法弟子全体の法を正す中での現在の情況からみれば、非常に良いと思います。非常によく行った面もあれば、そうではないところもあります。しかし、主体全体は非常に良く行いました。大法弟子として、まだ多くのことを良く行っていません。皆さんに教えますが、実はそれは他でもなく、法の勉強を軽視したからです。なぜならば、皆さんの法に同化している表面は絶えず向上する必要があるからです。絶えず向上している時、修によって取り除かれるべきものを按排しなければならず、それぞれの境地においてそれぞれの状態があります。もしあるところで留まってしまえば、きっと法を正す形勢に付いていけなくなります。法を正す中で、皆さんが良く行った時は皆法に基づいて法を認識することができたときだと私は目にしました。ちょっと落ちた時、それは法の勉強を重視せず、法に基づいて法を認識することができなかったからです。大法弟子は如何なる情勢、如何なる情況の下にいても、法を勉強しなければならず、自分の同化と向上を軽視してはならず、法を勉強することを忘れてはいけません。法をしっかり勉強することができなければ、大法の事をうまく行うことができません。何らかのトラブルや解決すべき問題にぶつかったら、関係をうまく扱うことができず、確執が起こります。もちろん、トラブルが起こる時に、議論があっても良くないことだとは限らない、と私は思います。なぜなら、修煉の中で、とりもなおさずあなたの執着心を取り除き、あなたが向上しなければならないからです。ですから、あなたのまだ取り除かれていない常人の心を表し、それを取り除くのです。しかし、皆さんは時には、自分の法の勉強がついてきていないため、一部の法を広め衆生を救い済度することに常人のように対処し、それによって、多くの元々非常に神聖なことがそれほど神聖ではなくなり、それほどうまく行うことができなくなりました。同時に、社会の人々が私たちを理解できないことが生じました。それで、自分が向上できないばかりでなく、大法にも何らかの損失を与えました。

 ご存知のように、一九九九年の四月二十五日の頃、大法弟子を除き、世界の多くの地区において誰も法輪功がどういうことなのかを知りませんでした。全世界の多くの地区ではこのような情況でした。私たちが迫害され始めた頃、全世界の全てのマスコミは皆、法輪功がどういうものなのかを知りたがっていました。しかし、誰も正しい資料を入手することができず、皆中国のそれらのでっち上げを捏造するマスコミが発表したものを引用しました。もちろん、世界の多くのマスコミはわざとこのようにしたのではなく、彼らは報道しなければならなかったからです。皆さん考えてみてください。このような環境で、このような天地を覆い隠すかのような圧力の中で、私たちは法をこの世でここまで正し、世の人々に私たちのことを分からせ、全世界の人々に私たちがいったいどういったことなのかを本当に認識させることができましたが、これは容易いことではありません。つまり、皆さんが法を実証する中で確かに非常によく行ったため、ここまでできたのです。もし私たちが気をつけなければ、自分の法に合っていない現れによって損失が起こる恐れがあるので、くれぐれもこれらのことに気をつけてください。

 今皆さんは確かに忙しいのであって、多くの人が自ら進んで多くの仕事を担当したので、法の勉強になかなか身を投じることができません。考えの中でいつも法を正すことを考えており、法を勉強する時に心が静まっていませんが、実は法を勉強していないことに等しいのです。理性的に意識をはっきりさせながら法を勉強することができなければ、法を勉強していないことに等しいのです。しかも時間を無駄にしてしまいました。ですから、この方面のことについて、皆さんは必ず認識しなければなりません。皆さんが非常に忙しく大変であるのを私は知っています。毎日睡眠時間が非常に少ない弟子もいます。これほど多くのことがあり、また法を勉強しなければならず、もちろん更に他のこともあるので、時には私は皆さんに必ずこうしなさい、ああしなさい、と口に出すことができません。これらの具体的なことに関して、皆さん自分で調整しなければならず、いかに行い、それをよりよく調整するのかを自分で思案しなければなりません。

 更に、数年前に突出していた問題が最近の時期にも現れたのを私は目にしました。どういった問題なのでしょうか? 中国大陸以外の一部の学習者は、その多くがある程度の技能を持っており、知識レベルも高く、常人の中で多くの人が学位を持っています。つまり、皆さんは頭脳が明晰で、能力も高いのです。ですから、多くのことは確かに良く行いました。特に皆さんが積極的に何かをきちんと成し遂げようとした時に、確かに良く行いました。しかし、皆さんは能力が高いため、皆良い考えを持っていますが、それで問題が現れました。あなたに良い考えがあり、その人にも良い考えがあり、皆自分の考えが良いと思っています。往々にしてこれらの問題に確執が起きたのです。しかも確執しているときに、普段法を勉強することを軽視しており、または自分の修煉をなおざりにしたため、皆さんの論争が常人のような論争の状態に陥ってしまいました。

 大法弟子はどんなことをしても、法を第一位にしなければなりません。どんなことを扱う時でも、まず法のことを考えなければなりません。皆さんは覚えていると思いますが、私はいつもこういうことを皆さんに話しています。つまり、大法弟子は如何なることをする時でも、まず相手を考えるべきです。あること、ある情況が起きた時、それが非常に小さいことであっても、私の第一の念はまず相手を考えるのです。それがすでに自然となったので、私はまず相手を考えます。もし皆さんが皆、このようにすることができれば、法を正す中で確執して対峙するようなことは生じないはずです。皆さんに本当にこのようなしっかりとした基礎を備え、どんなことが起きても冷静になって、相手のことを考え自分のことを見つめることができれば、多くのことがきっと良く行われると思います。時には本当に常人のような確執となり、場合によっては青筋を立てて言い争っています。ひいては、全く周りと社会に与える影響を顧みず、完全に自分を常人と混同してしまいました。皆さんは一人の修煉者であり、一人の大法弟子であり、まして一人の普通の修煉者ではありません。皆さんもご存知のように、この邪悪がいくらはびこっていても、長く続きません。最期になればなるほど、法を正す勢いに刺激され、邪悪の現れが邪悪であればあるほど、すでに最終段階で狂気じみていると物語っています。もしある日このことが本当に終わったら、まず法を正す時期の大法弟子は圓満成就し、元の位置に戻ります。その時自分が歩んできた道を振り返れば、全てが分かるようになります。もちろん、良く行ったかどうかに関わらず、所在の位置で完全に圓満成就した一人の佛道神は、再びこれらのことを考えないのです。全てが夢のように過ぎ去ってしまい、考えたくもありません。しかし、皆さんのこの過程での現れは他でもなく、自らを造成しており、自分の一切を築いているのです。誰かがこの機会を逃し、またはあることをきちんと行うことができなければ、その時皆さんは過ちの原因を知るようになります。

 今回法を正す中で、大穹の一切の衆生のために最高の機縁を切り開きました。全ての衆生にとって、皆自分のために未来を築く最高のチャンスを持っています。大法弟子にとっても同じです。あなたの修煉の成果、あなたの位置、あなたの威徳、あなたの未来の全ても、今回法を正す機縁の中で作り上げられたのです。全てをきちんと行わなければ、本当にあなた自身にも申し訳ないことです。ですから、皆さんが常人の心で論争している時、もし本当に真相が見えたら、皆さんに論争させてもそうしないだろうと私は思っています。真相が見えないからこそ、常人の心があるからこそ、ここで修煉し、法を実証することができます。これらの心がなければ、法を実証することもできず、ここにもいられなくなり、修煉もできなくなります。しかし、いかに現在のこれらの条件を良く利用し、より良く行うかのことについて、皆さんに重視してほしいのです。

 いくら忙しくても、自分を大法弟子として見なすべきです。いくら忙しくても、周りへの影響を考えるべきです。一九九九年四月二十五日から始まり、七月二十日以降、邪悪は誹謗中傷という卑劣な手段をもって、私たちを受動的な立場に回し、それによって多くの生命が害を受けました。皆さんは多大な心血を注ぎ、衆生を救い済度する中で人々に私たちのことを改めて認識させました。しかし、良く行うことができない時、あなたが注いだ努力、あなたがやろうとしていることは、無意識のうちに損害の作用を果たしているかもしれません。修煉者の現れは純正なもので、多くの人は皆さんの現れを見て、皆さんのことを本当に良いと思ったのです。もし、普段自分の行動に気をつけなければ、皆さんの行いは常人の目にとまってしまいます。常人は私たちが法を勉強する時のように、深くあなたを調べようとしないので、あなたの行いを見るだけです。あなたの一言一行によって、その人が済度されなくなってしまい、大法に良くないイメージをもたらしてしまうかもしれません。私たちはこれらのことを考えなければなりません。

 師父はとにかく皆さんの欠点、問題に気づくことができます。皆さんの一言一行に何が含まれているのかも私には分かっています。通常において、師父は個別の人に対して説法はしません。なぜなら、いざ私が個別の人に対してその人の問題について話したら、その人の考えは大きな衝撃を受け、かえって彼に影響してしまいます。ですから、私はめったに特定の人に対してこのように説きません。しかし、私が皆さんの前でこれらの問題を話した時、それはあなたに対して言ったのではないと思わないでください。

 天上に多くの王がいます。ご存知のように、釈迦牟尼は如来佛がガンジス川の砂のように多いと説いたのですが、インドのガンジス川にどれくらいの砂があるのでしょうか? それだけにとどまらず、これは釈迦牟尼がそれを形容するためのたとえ話です。それぞれの如来佛は皆一人の法王ですが、佛家だけではなく、佛家はただ普通であって非常に多い神の一種です。どれくらいの神がいるのでしょうか? このような王がどれくらいいるのでしょうか? もし全ての王が何かが起きる時に皆、皆さんのように対処していれば、それでは大変なことになります。彼らには、このような自分のいる次元の状態に相応しくない論争はありません。もちろん、彼らには真理が見え、どのようにすればベストなのかが見えます。しかし、往々にして認識上にある程度の差異がある場合、彼らは論争しません。それは一種の洪大な寛容であり、生命に対する慈悲であり、全てに対して善意をもって理解するという状態なのです。人間の言葉で表現すると、相手のことを理解することができるということです。ですから、時には強い常人の心をもって一途に思い込んで、なかなか抜け出せず、考えれば考えるほど執着し、考えれば考えるほど心が沸き立ち、考えれば考えるほど魔があなたを利用しています。皆さんが冷静ではない時、皆さんに教えますが、その時即ち魔があなたを利用しているのです。どれくらい長く修煉したにしても、大法弟子の中でいくら声望があるにしても、気をつけなければきっとそうなります。皆さんに教えますが、修煉がいくら良くできているにも関わらず、常人の心さえあれば、それは魔に利用され得るところです。自分が気をつけなければ、随時に利用されてしまう恐れがあります。大法弟子として、できるだけこれらの常人の心を抑制し、常人の心が発揮できないようにし、できるだけ自分の道を正しく歩むべきです。全ての環境の中で、起きた全ての出来事の中で、正々堂々と振る舞い、寛容で度量が大きく、相手を理解することができ、できるだけ全体から物事を考えることができれば、多くのことが良く行われると思います。これは妥協ではありません! それぞれは自分の見方を話し、善意をもって物事を量れば良いのです。

 あれこれ言っても、実はやはり修煉中の問題です。法を正す中でやはり多く本を読み法を勉強しなければなりません。実は、皆さんを指摘しているのではなく、師父には欠点が見えるのです。私は師父と呼ばれている以上、あなたに欠点を教えなければならず、あなたはそれを認識しなければなりません。もちろん、誉め言葉は私も良く言いました。「大法弟子が素晴らしく、偉大であり、皆さんは良く行いました」。このようなことはたくさん言うと皆さんにあまり有益ではありません。多くの場合、皆さんがこれほど良く行ったのを見て、師父はひそかに皆さんのことを嬉しく思うしかありません。

 全ての大法弟子は、法を実証し、衆生を救い済度する中で皆積極的に行っています。このことは師父が全部目にしました。これは現在の常人にできないことです。中国大陸以外の学習者は皆全力をあげて加わっており、皆法を正す時期において自分のやるべきことを行っています。国内の学習者にとって、彼らには彼らなりのやり方があります。中国大陸以外の学習者にとって、皆さんには皆さんなりのやり方があります。皆素晴らしいのです。皆同じことをしなければならないということではなく、それぞれは自分のいる環境の中で大法弟子がこの時行うべきことを行っています。皆さんは自分の心から行っているのであって、それぞれの弟子は本当に大法の一粒子のように、法を守り、衆生を救い済度しています。この点から見れば、この世の人々は皆さんと比べることができません。

 ご存知のように、中国の邪悪な集団が身につけた人を懲らしめるためのものは、それは比類のないもので、古今東西の集大成のものと言っても過言ではありません。その上、中国人の考えは政治闘争の中で益々ずる賢くなったため、しでかした悪事は邪悪の極まりです。しかしこのようであっても、多くの人が受身的で利用されて悪事を働いているため、心から法を破壊したいのではありません。このことも私たちに見えました。邪悪がどのような方法を採っても、いくらお金をかけても、大法を破壊しようとすれば、彼らが到達しようとする目的に達することができません。私たちは心から行っており、彼らはお金を使ってやっていますが、これは彼らには永遠にも及ばないところです。それほど強大な国家宣伝媒体を持っており、全世界の各地に領事館があり、巨大な軍隊を有していますが、私たちが面しているのは私たちを弾圧しようとしているこのような邪悪で卑劣な政治集団です。短期間で全世界の人々に今回の邪悪な迫害を認識させることができ、これは素晴らしいのではありませんか? これは大法弟子が心から行っているからこそ成し遂げたのではありませんか? これは大法弟子が積極的に行っているからこそ成し遂げたのではありませんか? もちろん、邪悪は宇宙の法を破壊しようとしていますが、それは永遠にあり得ないことです。

 もちろん、多くのことは常人の思っているほど簡単ではありません。邪悪にとって、思う存分に振舞おうとしても、それもあり得ないことです。以前話したように、法を正す時期の全過程、法を正す中で現れた全ては、歴史上旧勢力に綿密で系統的に按排されたのです。これほど乱れており、この程度まで乱れています。これほど邪悪で、この程度まで邪悪になっています。それでも、全世界、中国も含めて、多くの常人社会と各空間のとても良くない生命はまだ参与しておらず、皆抑制されています。つまり、彼らの出番がなく、参与させていません。良い者か悪い者かにかかわらず、両方入っています。見た目は順序のないように見えますが、実は非常に順序よく組立てられています。参与したこれらの邪悪の現れは悪辣のように見えますが、旧勢力はそれらを利用しているに過ぎません。その目的は私たちに法を正す中でこれらの宇宙のゴミを一掃してもらうところにあります。邪悪の生命に真相が見えないから、はびこっていますが、真相が現れる時になると、常人をも含めて全ての生命は、「なるほど、このようなことなのだ」と皆驚嘆するに違いありません。

 もちろん、現在のこの環境での情況は中国大陸のあのような環境での情況とは違います。あのような邪悪な圧力の下で、空間の中で多くの邪悪が詰まっているあのような情況下で言っている法を正すこと、衆生を救い済度することは、今この場で言っているのと違います。このような情況であっても、実は皆旧勢力がどうしても大法弟子の心性に対して試練を与えようとして現れてきたことです。必ずこのようなのです。もしこのようでなければ、決して現れてくることはありません。この情況の下で大法弟子は自分の道を正しく歩み、できるだけ邪悪と旧勢力に付け入られないようにするには、正念を固めることが最も良い方法です。真相を伝え衆生を救い済度することに旧勢力はあえて反対できません。肝心なのは、何かをするときの心構えにそれらに付け入る隙を与えないようにすることです。

 ついでに些細なことについて触れたいと思います。ご存知のように、現在私たちは人手が非常に限られているため、法を実証する中で一方に気を取られてしまい、他方をおろそかにしてしまうということがないようにすることです。つまり、あることに力を集中してはならず、できるだけ全体を念頭に置き、現在行っていることを全てうまく行うようにすべきです。

 多く話したくありませんが、皆さんはこれらのことを行っており、大変苦労していると私には分かっています。今日は誉め言葉をあまり話しませんでしたが、全ての人が実際に全力を挙げて法を実証することに身を投じたと私に分かっています。やるべきことが多くあるのを見て、皆さんは切迫感を覚え、それをきちんとやり遂げようとしています。この全ては師父の目に入りました。私の目に入っただけではなく、皆さんに教えますが、宇宙の全ての生命は皆注視しています。物質の表面は分子の配列によって構成されていますが、法を正すことの全体はすでに表面に至りました。しかし、この表面は人間の目で見ると、物体が粗いように見えますが、実はその中にも厖大なミクロ的な体系がしみこんできており、それも非常に複雑なのです。法を正す中ですでに表面の中を突破しているので、つまりもうすぐ人間に見えるところまで接近してきています。しかし、ミクロにおいてそれがまた厖大な空間と対応しているので、そこにも厖大な生命群がいます。ですから、法を正すことが救い済度する生命の数はまだ相当膨大なものです。しかも情況も非常に複雑です。私たちが行っている全てに対して衆生も皆関心を寄せています。宇宙の至るところに目があり、すでに法によって正された者とそうではない者は皆見ています。新宇宙の衆生は最終的な終わりを待ち望んでいます。旧宇宙の生命も救われることを待ち望んでいます。法を正すことを迫害することに参与したのは、旧勢力の一部分だけであって、このような生命は各次元の生命の20パーセントを占めています。その他の多くの生命は参与していません。参与していない生命は皆観察しており、この全てを見ています。彼らは皆あることを知っており、旧勢力もそれを知っていますが、つまりこのことが成功しなければ、全てがなくなるということです。

 現在の科学者も宇宙の激変に気づいています。現在見えているこの宇宙の範囲が加速的に膨らんでいると発見しました。しかも膨張速度は益々速まっています。以前このことについては話したくなく、法理だけを説いたのです。ご存知のように、膨らむということは何を意味しているのでしょうか? ある物が爆破する前になると、膨らむのです。あるところまで膨らんだら、瞬時に崩れてしまいます。ですから、全てはすでに最終段階にあります。多くの生命は焦りながらこの全てを見ています。旧勢力も自らの要求により焦っています。もちろん、新宇宙の生命もこの全てが終わるように切に望んでいます。法を正す洪大な勢い全体は、更に猛烈な速度で全ての時間を超えて最終的に行っています。今、後僅かで表面の膨張速度に追いつきます。もちろん、膨張速度は人間の時間で見ると非常に遅いように見えますが、実は非常に速いものです。私も非常に速く行っています。皆さんに教えたことがありますが、つまり上の空間でどのくらい行ったかによって、下の空間で行うことの多さが決められています。宇宙が膨らんでいますが、私が行っている速度は非常に速いので、間違いなく追いつくことができます。追いつくことができなければ、皆さんに教えますが、最後の解体によって表面空間の全てが存在しなくなります。追いついたら解決することができます。追いつくだけではなく、それを追い越さなければならず、それは即ち法がこの世を正す時です。現在あと僅かばかりで、膨張速度に追いつきます。無数の衆生、無数の生命は皆見ています。実は空気の中の全ての微粒子は皆、眼なのです。天とは何でしょうか? 皆さんに話したことがありますが、人間が想像しているこの空のことではありません。月から土星からまたは金星から地球を見る場合、地球も天にあるのではありませんか? 同様に天にあります。天はミクロにあり、マクロにあり、同等の粒子で構成した平行している空間のことではありません。神から見れば、それがただ遠いか近いかの距離の概念です。ミクロにおいても、マクロにおいても、全ての生命は地上の全てを注視しています。大法弟子の一挙一動、ほんの一念も彼らに分かっています。大法弟子が行った全ては皆、高次元の衆生の目にありありと浮かんでいます。ですから、皆さんは必ず良く行い、彼らに感服させなければなりません。

 偉大です。本当に偉大です。法を正すことがなければ、法を正す時期の大法弟子の偉大を際立たせることもできません。大法弟子よ、皆さんが面していることは偉大であり、皆さんが面している責任は重大なのです。もちろん、皆さん自身の源をも含めて、私は皆さんが偉大だと言っています。「法を正す時期の大法弟子」という称号に相応しくならなければなりません。それは宇宙に二度とないことであり、天地開闢以来も今回だけなのです。宇宙の天地開闢以来今回だけなのです。全てが常人の中のことのように見えますが、常人との区別もさほど多くありません。もしその区別があれば、人間は皆さんの言うとおりにするので、法を正すこともなくなり、修煉のこともなくなります。人間が迷いの中で罪を犯したので、今のところ迷いの中でそれを返すしかありません。私たちはまだ厳しい道を歩まなければなりませんが、時間は長くありません。今後更に良く行うように期待しています。

 このへんにしましょう。皆さんも交流会を続けてください。今日はただ皆さんにお会いしたいだけです。ヨーロッパやオーストラリア、アジアから来た方もいますが、皆さんも私に会いたいと思っています。何か説かなければならないことがあれば、私は必ず皆さんに会って、どうすべきかを教えます。今日は主に皆さんに会ってみるだけです。どうもありがとうございました。




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